2018年1月7日 聖書:ルカによる福音書2章22節~38節 「シメオンとアンナ」 世良田静江牧師

 クリスマスの喜び、平和、希望が今も満ちているでしょうか。クリスマスが過ぎた26日には、あっという間にイルミネーションはクリスマスから迎春へと。ここに日本人の宗教への考えが浮かび上って来ます。
 長い歴史の歩みの中で、シメオンは義なる人、敬愛なる人で、イスラエルに平安が訪れることを待ち望んでいた人でした。そのシメオンが神殿に詣でた時にヨセフとマリアが律法で定められた捧げ物をもって神殿に入った時、シメオンは自らその子、イエス様を両腕に抱いて神に感謝を捧げたと記されています。一方アンナは、若くして夫を亡くし、神殿にとどまり、日夜、祈りをし、やはりイスラエルの平安を祈り求めていました。アンナの年齢は84歳と記されています。シメオンとアンナ、男性と女性、二人とも高齢です。二人が一致しているのは神をほめたたえ、イスラエルの平安を願い、祈っていたことです。二人とも長い人生の中で、つらかったこと、悲しかったことなどを帳消しになる幼子イエス様との出会いでした。祈りの人シメオンは、イスラエルが慰めを与えられることを待ち望んでいた人でもありました。一方、アンナは日夜神殿内で祈り、断食をし、神に仕え祈りに専心していた女性です。アンナやシメオンのような人は教会にもいます。私どもが神の中に入ることが深ければ深いほど、人の中にも入ることが出来るのです。
 クリスマスの風景を想像すると羊飼いやマリア、ヨセフと美しいクリスマス風景が浮かびます。その次にこのシメオンとアンナの姿をとらえる時、ルカは信仰をもって生きていく人間の歩みの深さを示そうとして意図的に記されたと思うのです。私どもは謙虚に神のみ心を日々の歩みとして、へりくだりをもって与えられた日々を過ごしたい、特に新しい年に思います。

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