2019年3月24日 聖書:ルカによる福音書17章20節~21節 「神の国はあなたがたのただ中にあるのです」弘子姉

私は、長女でしたので、姉がほしくて12歳違いの叔母が大好きで慕っていました。
叔母は早くに結婚して東京に行ってましたので、たまにしか会えないのですが、九州に帰ってきたときは、一緒にプールに行ったり、食事に行ったり、高校の修学旅行では、ステキなホテルの屋上で回るレストランに連れて行ってもらったり、とても可愛がってもらいました。私は悩み事も何でも打ち明け 手紙をよく書いてました。
あるとき、叔母から 苦しく辛いことが書いてある手紙をもらいました。
そしてまもなく、叔母は大量の睡眠薬を飲んで危篤状態になったと連絡があり、 祖父母や叔父叔母 私の母なども、東京に駆けつけました。
私こそ、すぐに駆けつけたかった。でも、高校生だし、行きたいと言えなかった。
叔母の辛さや、苦しみを知ってるのは、私だけなのに 傍に行くこともできない。
いてもたってもいられず、どうすることも出来なく苦しんでいるとき 神さまは、私にお祈りすることを導かれました。クリスチャンでもない私が「神様!イエス様! 幸ちゃんを助けてください!」って何度も必死にお祈りをしました。
叔母は助かりました。
エッツ!?私の祈りに神様は聞いて下さったの??? たまたま 偶然かなとも思いました。
 
それからすっかり、神様のことは 忘れていました。
どれくらいたってだかはっきり覚えてないのですが、叔母が教会に行ってるらしいと、母や叔母達が話しているのを聞きました。
え!!叔母が教会に??私の祈りで叔母が助かって、その叔母がいま、教会に行ってるなんて!私が祈ったから助かったの??とそのとき思いました。
 
随分たって、叔母に聞く機会がありました。
「なんで教会に行くようになったの?」って そしたら
あの時 目が覚めたとき、私の目の前にイエス様が現れたの
『私はあなたを愛してる』って言われたそうなんです。
そのとき叔母は
『私の愛する人はこの方なんだ』と、とても嬉しくなったと語ってくれました。
私はこのとき、すごいものを感じました。
間違いなく、あの時の私の祈りに神様が答えて下さったと確信しました。
 
それからの叔母の信仰はすごいものがありました。
そして神様に導かれ約20年後に牧師へと導かれました。
 
私はというと 神さまの奇蹟を体験しているにもかかわらず、現実は、結婚して子育てにおわれ、日曜日には家族とのお出かけがあるし、教会に行く時間なんてないわと思っていました。
でも 私の祈りを聞いて下さった神さまが、叔母を導いてくれたように、今度は神様が、いつかわからないけれど、叔母を通して私は教会に行くことになるんだと、信じていました。
 
私が40歳を過ぎたころ、叔母から 癌だった私の母を 教会に連れて行ってくれない?って言うのです。
いつもは「あなた教会に行きなさい」って言われてたのに、今回は「お母さんを連れて行って」ということだったので、
気楽な気持ちで「いいよ~」って引き受けて、嫌がる母をなんだかんだと説得して、教会につれて行きました。
 
その時の牧師のお話で 「全世界は神様が造られたんだ 私たち人間も神様が造られたんだ だから私たちの身体の悪いところも全部神様が治してくれるんだよ」という話を聞きその言葉がスーッと心の中に入って、とても嬉しくなしました。
なかなか教会に行くことが出来なかった私でしたし、母のために連れて行った教会だったのに、神様は、特別な話ではなく、さらりと立話しでされた話の中で、私に触れて下さいました。
それからというもの教会でお祈りすると涙があふれ出ました。
精霊様が私に触れてくださっていることを何度も感じました。
 
私が教会に行くようになって、 叔母にずっと 照れくさくて言えなかった私は 思い切って言いました。「高校生の頃 危篤だった幸ちゃんのことを、神様に助けて下さいって必死に祈ったのよ」って 
すると 「そ~う あなたが祈ってくれてたのね
あの時、 背後で誰かが祈ってくれてたのがわかったの 誰だがわからなかったんだけど。
そ~う。 あなたが祈ってくれてたのね」と叔母は言いました。

あの時の祈りを神様は聞いて下さり、わたしの祈りを叔母に届けてくれました。
本当にびっくりしました。
 
命を助けていただいた叔母は神様の深い愛の中で過ごすことになります。
神様のなさることは、すごいです!私たちが心から祈り求めたら
人間には出来ないことも、神様はどんなことでもかなえて下さいます。
 
ルカによる福音書17章21節 新改訳では さて、神の国はいつ来るのか、とパリサイ人たちに尋ねられたとき、イエスは答えて言われた。
神の国は、人の目で認められるようにして来るものではありません。「そら、ここにある。」とか「あそこにある。」とか言えるようなものではありません。
いいですか。神の国は、あなたがたのただ中にあるのです。」と書いてあります。
私は最初の頃 よく理解できませんでした。
 
私は、今、宮田教会でいろいろな奉仕をさせていただいています
その中でも神様に捧げられた大切な献金を預かる会計をさせていただいています。
またの教会のホームページも更新させていただいています。
食事の準備などをしたり、牧師館の掃除をしたりすることが
嬉しくてしかたないのです。
どんなに忙しくても、時間がかかる作業でも私の内側が喜びで満たされるのです。
内側の喜びって、物を買ったり美味しいものを食べたりすることではないのです。
 
神様が私の奉仕を喜んでくださり、聖霊様が私の内に住んでくださるから
心が喜びで満たされているのです。
「神の国は、あなたがたのただ中にある」という御ことばが 私の中に成就しました。

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