2025年2月23日 聖書:コリントの信徒への手紙Ⅱ1章3~11節「信じて平安を得る~涙の日々もよろこびにかわる~」世良田静江牧師

牧師が着用するガウンやストールというのは牧師の権威をみせるためではありません。ここはしっかりと意味が込められているのです。とりわけストールについて言えばギリシャ語のスタウロスという言葉に由来しており、それは十字架を意味する言葉なのです。牧師はこのストールを身に着ける時、キリストが背負われた十字架を思いおこし、その重みを身に受けながらみ言葉を取りつぐのです。ストールは一見美しくまた軽そうに見えるのですが、本当は誰も触れたくない苦難と痛みにみちたとても重いものを象徴しているのです。けれどもその苦難や痛みをキリストが共に担い解き放ってくださった。そのことによって苦難や痛みが喜びと感謝に変わる。本来は美しくないものがこうして美しく見えてくる。痛みに満ちた十字架を意味しながら、美しく飾られているストール、進行を示す十字架の意味を豊かに表現しているのです。パウロもまたこのストールを身にまとうようにキリストの十字架を共に担い苦難の先に必ずキリストによる慰めがあることを信じて世界にみ言葉を語った人でした。1596年豊臣秀吉の命令によって大規模なキリシタン迫害が行われました。長崎で処刑された26聖人の中に最年少12歳のルドビコ茨木少年はキリスト教を捨てれば助けてやると処刑人から言われた時「この世のみじかい命と永遠の生命を取り換えるわけはありません」ときっぱり断ったそうです。死を前にして恐怖の中にも彼らの信仰は揺るがず、どんな時にも慰めの主の中に身をゆだね、希望をもった信仰者の姿があります。パウロも26聖人と呼ばれるようになった人々も苦難の中にこそ神をみたのです。涙の日々も必ずよろこびに変わることを信じましょう。

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