⦿創世記・出エジプト記・レビ記・民数記・申命記は、モーセ五書と称ばれて5つの書に分けられていますが、元々は1つの書でした。著者はモーセです。彼は、今から約束の地であるカナンに入ろうとしていたイスラエルの民にこれを書きました。なぜなら、40年前、エジプトから脱出して荒野の生活を始めたときに20才以上だった人たちは、カレブとヨシュアの2人を除いて、すでに全員亡くなっていて、今は、そのとき20才以下だった人や荒野で生まれ育った新しい世代に変わっていたからです。
そのためモーセは、彼らに、自分たちが先祖アブラハム・イサク・ヤコブと契約を結んだ神に特別に選ばれた民族であること、なぜ荒野の生活をしているのか、なぜ幕屋があるのか、なぜ神から十戒を含む多くの律法を与えられているのかなどを教える必要がありました。
⦿この5つの書の内容は、それぞれちがいがあります。しかし、共通しているのは、これまで神がどんなに恵み深いお方であったか、親たちや先祖たちは神に不真実であったが、それにもかかわらず、神は自分たちにどんなに忠実であったかということをふり返って、約束の地に向かう希望を語っているということです。
このことは、今の私たちにも語っています。なぜなら、新約聖書にある4つの福音書も使徒言行録も22の書簡も皆、イエス・キリストの十字架の死と復活の出来事をふり返って書いています。そして、終わりの日には、すべての人が復活させられて、永遠の命と神の国に生きる希望が約束されていることを、新約聖書は共通して書いているからです。
⦿モーセ五書は1つの書であるので、創世記の終わりの部分と出エジプト記の初めの部分は繋がっています。創世記の最後には、<ヨセフはこうして、百十歳で死んだ。人々はエジプトで彼のなきがらに薬を塗り、防腐処置をして、ひつぎに納めた。>とあり、出エジプト記の1:5~6には、<ヤコブの腰から出た子、孫の数は全部で七十人であった。ヨセフは既にエジプトにいた。ヨセフもその兄弟たちも、その世代の人々も皆、死んだ>とあります。
神は人類の中から特別にアブラハムを選んで契約を結び、子孫を増やすと約束しました。そして孫のヤコブのときに70人になりましたが、神に選ばれた民としての使命を果たすには少数です。そこで神は、彼らを一大民族にするためにエジプトに導かれました。その役割として用いられたのがヨセフです。そのヨセフが死んだことが創世記の最後に書かれ、彼の世代も皆、死んだことが出エジプト記の初めに書かれているわけです。
⦿その後、イスラエルの人口は増え続けますが、やがてヨセフを知らない時代になると、彼らは奴隷身分に落とされました。それから4百年が経ったときには一大民族になりますが、苦難の時代は続きました。歴史を見ると、彼らが憎まれることは度々ありましたが、国として反ユダヤの政策を行なったのはエジプト帝国が最初です。
重労働が課せられ、また生まれたときに男の子は殺され、女の子はエジプト人と結婚すればエジプト人と見なされました。それでも人口が増えるので、ついに男の子は皆ナイル川に放り込まれました。そのような時代にモーセが誕生したのでした。彼の両親は神に従い、3ヶ月の間隠していましたが、隠しきれず、籠を造って彼を入れるとナイル川に流したのでした。ちなみに「籠」はノアの「箱舟」と同じ言葉です。
⦿モーセの生涯を見ると、誕生から40まで、40から80まで、80から120までの3つの段階で考えることが出来ます。第1段階は2章の前半に語られています。物心つくまで奇跡的に実の両親のもとで育てられた後、王女に引き取られて王宮で育てられます。最高の学問を身につけ、王族の一人として帝王学を学んだことで、自力で同胞のヘブライ人の奴隷解放者になろうとしました。しかし彼は挫折し、逃亡します。
第2段階は2章の後半に語られています。追われる身となった彼は、遠くミディアンの地で、祭司エトロの家にとどまり、結婚し、羊飼いとなり、平凡な生活を送りました。しかし、平凡な中でも自分の弱さと無力さを味わい、自分の人生もこのままで終わるのかと思うと言い知れない空しさがこみ上げてきました。
⦿3章から第3段階が始まります。3:1に、<モーセは、しゅうとでありミディアンの祭司であるエトロの羊の群れを飼っていたが、あるとき、その群れを荒れ野の奥へ追って行き、神の山ホレブに来た。>とあります。「荒れ野」は何もない空しい所です。彼は「神の山」と聞いていたので、何とはなしに足がそちらに向いていました。この短い文章の中に80才のモーセの心情がよく表われています。
この後、柴が燃えていても燃え尽きないという不思議な光景を目にして、彼が近づくと、神が、モーセよ、モーセよと呼びかけました。彼が、「はい」と答えると、<ここに近づいてはならない。足から履物を脱ぎなさい。あなたの立っている場所は聖なる土地だから>と言われました。「履き物を脱ぐ」とは、自我を捨てるということです。しかし人間は、人生に空しさを覚えても自我を捨てることは出来ません。捨てようとするともっと強い捨てる自分がいるからです。
⦿履き物を脱ぐことについてはヨシュア記にも出てきます。モーセの後継者のヌンの子ヨシュアが、ヨルダン川を渡って最初の戦いをしたのは、城壁で囲まれたエリコでした。いよいよ約束の地に入って胸が躍りながらも強敵が待ち構えていたことも分かっていました。戦いを前にして身が震えていたそのとき、突然、抜き身の剣を手にした主の使いが現れました。ヨシュアがひれ伏すと、<あなたの足から履き物を脱げ。あなたの立っている場所は聖なる所である。ヨシュアはその通りにした>とあります(ヨシュア5:15)。
モーセに対してもヨシュアに対しても、神は、これは主の戦いである、自我を捨てて主に委ねよ、と迫っているのです。自我を捨てることは人には出来ません。しかし、神には出来ます。だから、イエスは弟子たちに、<私について来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、私に従いなさい>と言われているのです。「自分の十字架を背負って」つまり、自分の弱さをありのままに認めて、イエスに委ねるとき、自我から解放されるのです。
⦿初めて神に声をかけられ、靴を脱ぐように命じられ、圧倒されてひれ伏したモーセに神が命じた内容は、3:7~10に書かれています。<主は言われた。「私は、エジプトにいる私の民の苦しみをつぶさに見、追い使う者のゆえに叫ぶ彼らの叫び声を聞き、その痛みを知った。それゆえ、私は降って行き、エジプト人の手から彼らを救い出し、この国から、広々としたすばらしい土地、乳と蜜の流れる土地、カナン人、ヘト人、アモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人の住む所へ彼らを導き上る。見よ、イスラエルの人々の叫び声が、今、私のもとに届いた。また、エジプト人が彼らを圧迫する有様を見た。今、行きなさい。私はあなたをファラオのもとに遣わす。わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出すのだ。」>
彼はおどろきました。今語っている神が、奴隷に目を向けているということ。それも人間を奴隷にして仕えさせるエジプトの神々のようではなく、奴隷を解放し、むしろ奴隷に仕え、人間として大切に見ている神。そのことにおどろいたのです。
であればこそ彼は、<私は何者でしょう。どうして、ファラオのもとに行き、しかもイスラエルの人々をエジプトから導き出さねばならないのですか>と言いました。これは神に対する抵抗です。「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」と名乗っているあなたは、無力な奴隷の神ではないか。どうして、エジプトの最高の神であるファラオのもとに行き、奴隷たちを助け出さねばならないのですか、と言って、彼は激しく抵抗したのです。
⦿これに対して神は、繰り返し、繰り返し、粘り強く、ご自分を、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神であると語り、<私は、エジプトにいる私の民の苦しみをつぶさに見、追い使う者のゆえに叫ぶ彼らの叫び声を聞き、その痛みを知った。>と言い、また、<見よ、イスラエルの人々の叫び声が、今、私のもとに届いた。また、エジプト人が彼らを圧迫する有様を見た。>と言い、さらに、<私は彼らを顧み、彼らがエジプトで受けてきた仕打ちをつぶさに見た。>と語って、モーセが、彼らの解放のためにエジプトに行くように説得しました。
それでもなお、彼は抵抗し続けました。4:1に「モーセは逆らった」とあります。4:10には「それでもなお」いろいろ理由を言って拒否し続けました。ついに神は怒って、あなたには弁の立つ兄のアロンがいる、彼があなたを助けるだろう、というと、ついに彼は抵抗をやめ、受け入れたのでした。彼は、神から言われた杖一本をもってファラオのもとに行くことになりました。杖とは、神ご自身が勝利者としてモーセと共にあることの徴です。こうしてモーセは、神の召命に応えてエジプトに向かったのでした。
⦿モーセは、神とのやりとりの中で、この神は決して無力な神ではなく、むしろ神でありながら奴隷の身分にまで身を低くされる神であり、同時に虫けらにように扱われている奴隷を高く上げ、人間にまで回復される神であることを知ったのでした。
私たちはこれまで、礼拝において、神が人間イエスとなって世に来られ、とことん身を低くされ、人間に仕えるお方として、私たちの高慢の罪を暴き、私たちの代わりに十字架の死をもって裁かれて、私たちを義とされる神であることを知りました。また神は、人間イエスにおいて、完全な人間として生きぬかれ、それも十字架の死に至るまで神に従順に生き抜かれたことによって、私たちの怠慢の罪を暴き、私たちに真の律法、愛の律法を行ない、私たちを聖化してくださる神であることを知りました。
⦿今、神に召命を受けたモーセは、この義認と聖化に同時にあずかりました。つまり彼は、罪の赦しと同時に奴隷解放者として戦う神の使いとして歩む者となりました。このことは、今の私たちに語っているのだということを覚えたいと思います。義認と聖化と召命は、神が人間イエスにおいて成し遂げられた恵みのわざです。そして、モーセだけでなく、私たちもこれらにあずかることが約束されていることを感謝したいと思います。
ただし、義認も聖化も召命も全く別々の事柄です。もちろんそれらは、イエス・キリストにおいて1つであり、同時に私たちの内に起こる信仰によって与えられる恵みです。気をつけなければならないのは、もしも福音が義認の慰めの言葉だけだと考えるならば、<行ないの伴わない信仰は、役立たずで死んだも同じである>と語るヤコブの手紙の言葉が鋭く私たちに迫ってくることになります。「行ない」とは聖霊が結ぶ実のことです。この行ないが相変わらず伴わないならば、本当に罪の赦しを信じていないのです。
⦿そればかりか、聖化も召命もない義認だけの信仰は、行ないの基準は世の中の物差しや掟となり、クリスチャンとして実践するべき内容となります。それを日本基督教団は戦時中に犯したのです。イエス・キリストを救い主として信じる信仰を告白しながら、皇国臣民として実践していきました。そして、教団号という飛行機を献金によって造り、国に献納したり、朝鮮の教会に対しては、神社は宗教ではないから神社参拝は偶像崇拝ではないと説得しました。そのため朝鮮では、神社参拝を拒否して獄死したクリスチャンが50人以上も出たのです。
このことを考えるとき、私たちの信仰は、義認止まりであってはならないのです。神は、聖化も召命もイエス・キリストにおいて成し遂げられます。私たちは、そのようなすばらしい恵みにあずかることが約束されているのです。そのことに気づき、イエス・キリストを見上げ、悔改め、聖霊を通して働かれる復活のイエスを見すえ、正しい道を歩ませて下さることを信じ、感謝して、共に歩んでいきたいと思います。
定例行事
- 聖日礼拝
- 毎週日曜日10:30~
- 教会学校(子供の礼拝)
- 毎週日曜日9:30~
- 祈祷会・聖書研究会(午前の部)
- 毎週水曜日10:30~
- 祈祷会・聖書研究会(夜の部)
- 毎週水曜日19:30~
その他の年中行事
- チャペルコンサート(創立記念)
- 毎年8月下旬
- チャペルコンサート(クリスマス)
- 毎年12月23日
- クリスマスイブキャンドルサービス
- 毎年12月24日夜