定例行事
- 聖日礼拝
- 毎週日曜日10:30~
- 教会学校(子供の礼拝)
- 毎週日曜日9:30~
- 祈祷会・聖書研究会(午前の部)
- 毎週水曜日10:30~
- 祈祷会・聖書研究会(夜の部)
- 毎週水曜日19:30~
その他の年中行事
- チャペルコンサート(創立記念)
- 毎年8月下旬
- チャペルコンサート(クリスマス)
- 毎年12月23日
- クリスマスイブキャンドルサービス
- 毎年12月24日夜
聖書のお話
2018年8月12日 聖書:マタイによる福音書3章7~12節 「つながれて生きる」鈴木重宣牧師
世の中にはさまざまな組織、団体があります。NPO、NGO、ボランティア団体、市民運動等々。それぞれが目的を持って活動し、それぞれに大切な役割を担っています。多くのボランティアが被災地域に入り、炊き出し活動やゴミ処理の活 … 続きを読む
2018年8月5日 聖書:マタイによる福音書5章9~12節 「平和をつくり出す生き方」世良田静江牧師
8月5日平和月間に寄せて 今月は平和を考え、思い行動する月です。人間は何かを欠けている時、それを不幸と嘆き苦しみあえいでいることに対して、真の幸いをお話になります。イエス様は今、唯一つの状況に閉じこもっている人を幸いと … 続きを読む
2018年7月29日 聖書:列王記下4章1~7節「油の壷一つ」楊 周漢牧師
今日の聖書本文には貧しい女性が登場します。彼女の夫は早く死んだので、彼女一人で二人の子供を育てています。現代も女性一人で子供を育てることは大変な苦労ですが、昔の時代はもっと厳しい状況に置かれていたと思います。しかし彼女は … 続きを読む
2018年7月22日 聖書:コリント人への第Ⅰ手紙 1章18~25節 「神愚人賢」鈴木重宣牧師
読み方がわからないと昨日増永さんから電話をもらいました。 「しんぐじんけん」と読みましょう。造語です。勝手に四字熟語、です。神は愚かで人が賢い、という意味では無く、 神の愚かさは人の賢さより遙かに勝っている、ということ … 続きを読む
2018年7月15日 聖書:マルコによる福音書10章46~52節 「目をいやされた盲人」川本良明牧師
エリコは約25㌔離れたエルサレムに行く道筋で、過越の祭りのために大勢の人が沿道を埋めていました。その中にイエスの一行もいたのですが、彼らは特別な雰囲気に包まれていました。それはエルサレムにはイエスの命を虎視眈々と狙う者 … 続きを読む
2018年7月8日 聖書:エフェソ信徒への手紙6章10~20節 「神の武具」豊田護兄
昔17歳で洗礼を受けた時に、森分牧師から「どうして洗礼を受けようと思ったのですか」と尋ねられ、「エフェソのこの箇所によれば、神の武具を身につければ強く生きて行けるから」と答えたのを今でもはっきりと覚えています。それから … 続きを読む
2018年7月1日 聖書:ローマの信徒への手紙9章19~24節エレミヤ書18章1~6節 「神の声に聴く」世良田静江牧師
エレミヤ書18章6節 イスラエルの家よ、この陶工がしたように私もお前たちに対してなしえないというのかと主は言われる ローマ人への手紙9章24節 神は私たちを憐れみの器として、ユダヤ人からだけではなく、異邦人の中からも召し … 続きを読む
2018年6月24日 聖書:ヨハネの手紙①5章14節~15節 「神の御心に適う」 豊田滋兄
1. 6/25は、朝鮮戦争の勃発した日 1950 625 特需景気 韓国はベトナム戦争 2. 先週は熊本市 川尻 花岡山 熊本バンド 明治9(1876年)1.30 同年10.24神風連 翌年 西南戦争 花岡山から … 続きを読む
2018年6月17日 聖書:ローマの信徒への手紙 5章1節~5節 「希望」 豊田護兄
「希望」とは何でしょう。ここで述べられている「希望」は、私たちが日常的に 使っている希望という言葉と少し違っている気がします。裏切られることのない 「希望」とここの聖書には書かれているからです。 私たちが日常使うときの … 続きを読む
2018年6月10日 聖書:ヨハネによる福音書 第14章8節~17節 「満ち足りるとは」鈴木重宣牧師
「わたしたちに御父をお示しください。そうすれば満足できます」 「あれがそうだ」などと言われて満足できるのだろうか?そもそも「満足」の裏には「欲求」がある。欲求が満たされても一時的でまたぞろ不足を感じるようになってしま … 続きを読む